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gevelsteen

新しいものと古いものが共存する街、アムステルダム。17世紀の街並み、のどかな運河、木製の跳ね橋や、教会の鐘の音。その昔ながらの風景に花をそえるように、さまざまな場所にモダンデザインがあしらわれています。1920年代、もとは古い伝統に挑戦しようと発達したモダンデザインですが、アムステルダムという街には、その革新的デザインさえもうまく取りこんでしまう包容力がありました。歴史や伝統を大切にする一方で、新しいものにも寛容なのがダッチスタイルなのです。

古いものが新しいものを取りこんでいくように、新しいもののなかには必ず、古いものが融けこんでいます。今日のダッチデザインと言えばまず注目されるのが、そのシンプルさと機能性、またスタイリッシュな演出といった「新しさ」。けれど奥深くルーツをたどれば、伝統工芸や伝統技術、日々の暮らしや下町情緒といった「古き良きもの」に辿りつきます。洗練されたデザインを生み出した、歴史や伝統、雑多な風景や日常の暮らしにこそ、ダッチデザインのエッセンスが隠されているのです。

「伝統」、「老舗」、「下町」、「日常」をキーワードに、新旧デザインの心地よいコントラストと調和を、アムステルダムからリポートします。

※2008年から2011年までJDNで連載していた海外リポート『オランダ下町情緒』の続きです。

>>連載第1回から第16回のバックナンバー

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◆ profile ◆

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テメル華代/イラストレーター

1977年山形県生まれ。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。アムステルダム・ワッカース美術アカデミー卒業。2001年よりオランダに在住し、絵画やイラスト、絵本の制作を行っている。>>イラストポートフォリオ >>絵画ポートフォリオ

 

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アムステルダム特集

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ミュージアム広場2013
アムステルダム記念年を飾る美術館のリニューアルオープン
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2013年のアムステルダムは、運河創設400周記念行事を始めとして数々の賀行事で盛り上がりました。記念年に花を添えるように、ミュージアム広場では三つの主要美術館が次々とリニューアルオープンしました。オランダ芸術文化の中心地であるミュージアム広場の新しい顔と、アムステルダムの市民参加型の景観づくりをご紹介します。(2013年11月執筆)

 

CONTENS

A man celebrates before the inauguration of King Willem1. 「アムステルダム2013」記念年のイベント

◆episode 1 王冠をかぶらないオランダの王様

◆episode 2 国民に愛されるオランダ王室

◆episode 3 即位式のフラワーアレンジメント

2. アムステルダム国立美術館 10年ぶりのリニューアルオープン

◆photo gallery アムステルダム国立美術館

Goghmuseum◆episode 4 レンブラント『夜警』の引越し

3. ゴッホ美術館  開館40周年、ゴッホ生誕160周年

◆photo gallery ゴッホ美術館

4. アムステルダム市立美術館 19世紀と未来をつなぐ新建築

◆photo gallery アムステルダム市立美術館

◆episode 5 「バスタブ」の正体

5. 市民とともに成長するミュージアム広場Stedelijk and Museumplein 2013

◆photo gallery ミュージアム広場

 

1.「アムステルダム2013」記念年のイベント に続く)

1.「アムステルダム2013」記念年のイベント

     
Inauguration

ウィレム=アレクサンダー新国王の誕生

2013年4月30日、オランダ国中が見守る中、ウィレム=アレクサンダー皇太子(1967-)がベアトリクス女王(1938-)から王位を継承し、新国王に即位しました。19世紀に君臨したウィレム3世(1817-1890)以来、123年ぶりとなる男性国王の誕生です。オランダ王室と親密な関係にある日本の皇室からは、皇太子ご夫妻も参列し、即位式の様子は日本でも大々的に報道されました。

王宮前のダム広場には2万5千人を超える市民が集まり、バルコニーに登場した新国王夫妻とベアトリクス前女王は、祝福と喝采に包まれました。レセプション後に行われたアイ湾での水上パレードも、水の国オランダならではの演出です。オランダ王室、そしてオランダ国民にとって2013年は、晴れやかな門出の年となりました。

>> episode 1 王冠をかぶらないオランダの王様

>> episode 2 国民に愛されるオランダ王室

「アムステルダム2013」 記念年のイベント

新国王誕生の華やかな祝賀ムードは、アムステルダム各所の記念イベントへと引き継がれました。2013年はアムステルダム市にとって記念すべき節目の年で、多彩なイベントが催されています。「アムステルダム2013」と題された記念年の柱は、2010年に世界遺産に登録された旧市街の運河地区です。17世紀の運河創設から400周年を迎え、夏には運河フェスティバルや水上コンサートが開催されました。

他にも、アムステルダム国立美術館のリニューアルオープン、ゴッホ生誕160周年、ゴッホ美術館開館40周年、コンセルトヘボウ創立125周年、王立動物園アルティス開園175周年、アムステルダム植物園開園375周年など、一年を通して喜ばしい行事が続きます。

ミュージアム広場

オランダ芸術文化の中心地、ミュージアム広場にとっても、2013年は特別な年となりました。アムステルダム国立美術館、アムステルダム市立美術館、そしてゴッホ美術館が、相次いでリニューアルオープンしたのです。2003年以降、修復工事に伴う休館や一時移転が相次いでいましたが、2013年の5月1日、ゴッホ美術館の再オープンをもって全ての美術館が見学可能となりました。かつての賑わいを取り戻したミュージアム広場の、新しい顔をご紹介します。

 

>>2.アムステルダム国立美術館 10年ぶりのリニューアルオープン に続く

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2.アムステルダム国立美術館 10年ぶりのリニューアルオープン

Rijksmuseum opening

2013年4月14日、10年にわたる改修工事を終えて、アムステルダム国立美術館が再オープンしました。先立つ13日には、半月後に退位することになるベアトリクス女王を招いての盛大なセレモニーが行われました。女王の手で黄金の鍵が回され、打ちあがる花火とともに、美術館が再オープンするという演出です。本館からはオランダのシンボルカラーであるオレンジの煙が勢いよく噴き出し、観衆を驚かせました。

2003年から10年もの間、工事現場と化した美術館を見守ってきたアムステルダム市民にとって、今春の再オープンは待望のイベントでした。再オープンからわずか4ヶ月半で、来館者数は100万人を数えています。

>>オープニングセレモニーの動画(外部リンク)

現代に生まれ変わった美術館

アムステルダム国立美術館が現在の場所に建てられたのは1885年のことです。デン・ハーグで1800年に設立されたナショナルアートギャラリーはそれまで、アムステルダムのダム広場にある王宮や、17世紀武器商人の館トリッペンハウスなどを転々としていました。美術館専用の建物が用意されたのは、ヨーロッパ各国で近代都市計画への関心が高まり始めた19世紀末のことです。

Rijksmuseum 18851876年、オランダを代表する建築家ピエール・カイパース(1827-1921)によって、当時まだ草地だったミュージアム広場に、ネオルネッサンス様式の美術館が設計されました。美しいレンガ造りの建物は、同時期に近接して建てられたアムステルダム市立美術館やコンセルトヘボウと共に、近代都市アムステルダムの象徴となりました。【写真:ネオルネサンスとゴシックを融合させた折衷様式のアムステルダム国立美術館(1885年)Photo credit: Rijksmuseum】

創設から118年を経た2003年、建物の老朽化と、これまでの増改築による館内の迷路化に伴う改修工事が始まりました。工事の主眼は、建物構造の現代化と、カイパース建築の復元です。工事にかけられた費用は3億7千5百万ユーロ(約5百億円)。アムステルダム国立美術館にとって、世紀の大規模改修となりました。

過去100年の増改築の痕跡が取り払われ、アムステルダム国立美術館は創建当時の姿を取り戻しました。迷宮のようだった展示室はシンプルで分かりやすいものになり、かつてカテゴリー別に展示されていた作品は、世界史・オランダ史の流れに沿って鑑賞できるようになりました。リニューアル後は、120点を越える新収蔵作品もお披露目されています。

>>photo gallery リニューアル後のアムステルダム国立美術館

カイパース建築の復元

19世紀の巨匠カイパースは、美術館の外観と内観に統一感をもたせるため、インテリア装飾や庭園の全てを自らデザインしていました。当時のアムステルダム国立美術館は、優美な装飾と色鮮やかな壁画に彩られていたのです。ところが1903年以降、華美なインテリアが作品鑑賞を妨げるという理由で、壁は白く塗りつぶされ、装飾も少しずつ取り外されていきました。モダニズムの潮流の中で、館内はすっかり質素なものに変わってしまったのです。

今回の修復工事では、壁や床、天井の装飾が見事に修復・復元されました。「大広間」の象嵌モザイクの床には、豪奢なステンドグラスから柔らかい光が降りそそぎます。17世紀の巨匠たちによる傑作が並ぶ「栄誉の間」も、半世紀ぶりに壮麗な姿を取り戻しました。1958年の工事で白く塗りつぶされてしまった天井と壁には、植物モチーフや幾何学模様の装飾がほどこされ、ルネットには寓意画や芸術都市の紋章が描かれました。>>photo gallery

最大の見どころはやはり「夜警の間」です。アムステルダム国立美術館の聖域ともいえるその展示室は、レンブラント(1606-1669)の代表作『夜警』を掲げるために、カイパースによってデザインされました。アーチ形の天井を支える柱の上には、「朝」「昼」「夕方」「夜」と、陽光を象徴する四つの女像柱が黄金に輝き、光と影の巨匠と呼ばれたレンブラントの功績を讃えています。【写真:カイパースにより祭壇のイメージでデザインされた「夜警の間」Photo credit: Iwan Baan. Image courtesy of Rijksmuseum】

The Night Watch Gallery

>>episode 4  レンブラントの『夜警』の引越し

市民のための、市民による美術館

修復中、期せずして主役となったのは美術館のエントランスです。これまでは本館北側のシンゲル運河に面していましたが、今回の工事で本館中央を突き抜ける通路部分に移設されることになりました。通路上、すなわち公道上にエントランスを造るという、大胆かつ機能性に富んだデザインでコンペに優勝したのは、スペイン人建築家のアントニオ・クルス(1948-)とアントニオ・オルティス(1947-)です。

ところがデザイン案は市民に公開されるやいなや、アムステルダム市南区の地区委員会やサイクリスト協会から猛反発を受けました。1日に1万3000台を超える自転車が通路を利用しており、通路上のエントランスは交通の妨げになると反対意見が上がったのです。アムステルダム国立美術館は市の「城門」として愛される建造物であり、中央通路は市民に長年親しまれた生活道路でした。

理想的なデザインを志向する建築家、かたや生活道路を守りたいアムステルダム市民。その議論は平行線をたどり、やがて工事は中断されます。最終的に建築家側が譲歩し、通路” 脇”にエントランスを設置する妥協案で事態は収拾されました。

建築家と美術館は、研究センターのデザインでも妥協を強いられています。未来的な外観が景観を損ねると市民に反対され、建築規模が大幅に縮小されました。斬新なアイディアでコンペを勝ち抜いたにも関わらず、平凡なデザインへの変更を余儀なくされたクルスとオルティスは、「民主主義の悪用だ」と、半ば呆れた様子でした。

「神が地球を創ったが、オランダはオランダ人が造った」という格言があるように、堤防を建設して国土を拡大してきたオランダ人には、自分たちが国や街を築いてきたという自負があります。公共施設のプランは市民によって徹底的に議論され、コンペの最優秀案が見送られることも稀ではありません。伝統と革新の双方を尊重し、残すべきものと壊すべきものを見極めるのがダッチスタイル。アムステルダム国立美術館には、新旧オランダの心地よい調和とコントラスト、そしてアムステルダム市民の愛情が感じられます。

 

>>3.ゴッホ美術館 開館40周年、ゴッホ生誕160周年 に続く

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3.ゴッホ美術館 開館40周年、ゴッホ生誕160周年

Goghmuseum

ゴッホ美術館は、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)の作品を中心に、ポール・ゴーギャン(1848-1903)やクロード・モネ(1840-1926)ら、同時代の画家たちの作品を収蔵する国立美術館です。ゴッホの遺族が所有していた作品をゴッホ財団が購入し、アムステルダム市の協力を得て1973年に開館しました。コレクションの購入資金や美術館の建築費用は、オランダ国家の出資によるものです。

幾何学的なデザインの本館【写真右】は、オランダ近代建築の祖とされるへリート・リートフェエルト(1888-1964)の設計です。隣接するアムステルダム国立美術館やアムステルダム市立美術館とは対照的な前衛建築で、抽象性と直線美が追求されています。特別展用の別館【写真左】は黒川紀章(1934-2007)の作品で、1999年6月にオープンしました。楕円形や曲線を用いて、日本的なアシンメトリーが表現されています。ミュージアム広場の景観を考慮して全体の75%が地下に埋められています。

7ヶ月間の修復工事

近年になって厳格した消防法の基準を満たすため、2012年から2013年にかけて修復工事が行われました。隣接するアムステルダム市立美術館のリニューアルオープンを見届けるように、翌9月24日に着工し、休館中は主要作品75点をエルミタージュ美術館で展示しました。修復工事では空調設備が一新され、室温度の管理システムが向上しました。さらに内装もリニューアルし、合計1万平方メートルの壁が塗り替えられ、2300平方メートルの寄木細工の床が敷き詰められました。工事費用は数百万ユーロ(数億円)と言われています。

>>photo gallery リニューアルしたゴッホ美術館

Sunflowers2013年5月1日にリニューアルオープンを迎えたゴッホ美術館では、『仕事をするゴッホ』展が開催されています。ゴッホの描画手法や画家としての成長過程にスポットが当てられ、200点以上の油彩がや素描、スケッチブックや書簡が紹介されています。同時代の画家たちや、ゴッホが称賛したモネやミレーの作品も展示されるほか、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの『ひまわり』とゴッホ美術館の『ひまわり』が並んで展示されるなど、ゴッホ生誕160周年にふさわしい華やかな記念展です。【写真:『ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女』の両脇に展示された二枚の『ひまわり』Photo credit: Vincent Jannink, Associated Press】

ゴッホ美術館は年間160万人以上の来場者がある世界屈指の美術館です。現在も多くの作品が購入あるいは寄贈され、コレクションはさらに充実し続けています。2013年2月には、ミュージアム広場側に造られる新しいエントランスのデザインが発表されました。アムステルダム国立美術館、アムステルダム市立美術館、コンセルトヘボウ、そしてゴッホ美術館と、ミュージアム広場を囲む文化施設のコラボレーションにも注目が集まっています。

new entrance

ゴッホ美術館が発表した新しいエントランスの完成予想図  Photo credit: Van Gogh Museum

 

>>4.アムステルダム市立美術館 19世紀と未来をつなぐ新建築 に続く

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4.アムステルダム市立美術館 19世紀と未来をつなぐ新建築

Stedelijk 2013

1874年に設立されたアムステルダム市立美術館は、デ・ステイルやバウハウス、ポップアートから新印象派にいたるまで、近現代美術を対象とする美術館です。カレル・アペル(1921-2006)やアンディ・ウォーホル(1928-1987)、ジャクソン・ポロック(1912-1956)やマルレーネ・デュマス(1953-)など所蔵作品は9万点にのぼり、モダンアートの殿堂と称されています。

1895年に開館した本館【写真左】は、赤レンガのファサードと尖塔が美しいネオルネサンス建築で、アムステルダム市の建築家アドリアン・ヴィレム・ヴァイスマン(1858-1923)によって設計されました。オランダにおける近現代美術館では今なお最大規模で、自然光を取り入れた展示室や、荘厳なインテリアも有名です。

アムステルダム市立美術館では、時代のニーズに合わせて定期的に改装が行われてきました。1954年には新館が増築され、展示面積が2倍に拡張されています。しかし、設備の老朽化や展示スペースの不足などにより、1990年初頭に再び、大規模な改修工事に向けてのプロジェクトがスタートしました。

プロジェクトの趣旨は、ヴァイスマン本館の修復再現とスペースの拡張です。2003年末の着工から2012年の竣工にいたるまで、設計事務所の交代やコンペのやり直し、消防局の要請による強制閉館など様々なハプニングはあったものの、最終的には建築家メルス・クローウェル(1953-)によって、現代的で機能的、かつユニークな美術館が誕生しました。

9月23日のオープニングセレモニーでは奇抜な外観の新館【写真右】がお披露目され、国内外で話題を呼びました。ミュージアム広場に現れたその巨大な構造物は「バスタブ」の愛称で親しまれ、アムステルダムの新しいランドマークとなりました。再オープン後の1ヶ月間だけで、9万5千人が来館しています。Photo credit: John Lewis Marshall, Stedelijk Museum

>>photo gallery リニューアルしたアムステルダム市立美術館

ヴァイスマン建築との調和

クローウェルはまず、過去の修復工事による増床部などを撤去して、ヴァイスマン本館を当初の形に戻しました。さらにはネオルネサンス様式を表出させるため、最高の引き立て役であり、かつそれ自身も主役になり得る新館をデザインしたのです。

本館と新館は一見、全く別次元の建築物ですが、新館の地階が19世紀の赤レンガを隠してしまわないようにガラス張りになっていたり、「バスタブ」の高さが本館に合わせられていたりと、いたるところに調和のための趣向が凝らされています。

「本館と新館は分断せずに、一続きの美術館(een doorloop museum)を造った」とクローウェルが語るように、インテリアは全階層においてシームレスな空間になっています。床材や壁材、ライトフィルターなどを統一することにより、外見は全く別の建築物が、内部では見事に融合しています。

Stedelijk interior またクローウェルは、1945年以降にアムステルダム市立美術館の近代化・国際化を進めたウィレム・サンドベルフ元館長(1897–1984)に倣って、全ての壁を白一色に塗りました。今や世界中の美術館でおなじみの白い壁は、実はこのサンドベルフが1938年に採用し流行させたものなのです。全長約100m、幅約25mの「バスタブ」にも、サンドベルフの白が塗られました。【写真:白一色で統一されたヴァイスマン本館  Photo credit: Jannes Linders】

>>episode 5「バスタブ」の正体

ミュージアム広場とのコラボレーション

クローウェルのプロジェクトは、美術館とミュージアム広場の関連性も熟慮しています。「アムステルダム市立美術館はこれまで、ミュージアム広場に背を向けていた」として、今回の修復工事でエントランスがミュージアム広場側に移されました。新館を覆うガラスは、本館の赤レンガを見せる工夫であると同時に、ミュージアム広場を館内に取り込む仕掛けでもあったのです。

エントランス前には、ミュージアム広場へとつながる前庭がデザインされました。さらにミュージアム広場の景観を損なわないよう、広大なスペースを要する展示ホールは、その大部分が地下に建設されています。

クローウェルは、「ミュージアム広場が、単なる『街の真ん中にある芝生』に終ってしまわないよう、これからの時代は美術館どうしがコラボレーションや野外文化イベントで盛り上げていくだろう」と将来の展望を語りました。

Stedelijk and Museumplein 2013

Photo credit: Jannes Linders

 

>>5.市民とともに成長するミュージアム広場  に続く

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5.市民とともに成長するミュージアム広場

Museumplein Photo credit: Stedelijk Museum

ミュージアム広場には、アムステルダムの歴史が刻まれています。パブリックスペースとして整備された当初、その場所は市の外縁に位置する草地でした。19世紀末、アムステルダム国立美術館やアムステルダム市立美術館、コンセルトヘボウが建設されて、近代のランドスケープが形成されていきます。

今日にいたるまで、数多くの建築家やデザイナーがミュージアム広場のデザインに情熱を注いできました。文化施設あるいは商業施設を建てるのか、市民に愛されるパブリックアートとは何か、木を植えるのか、芝生として残すのかなど、細部にわたる議論の集大成が現在のミュージアム広場なのです。

一年を通して観光客で賑わうミュージアム広場は、地元の人にとっても大切な憩いの場所です。開放的な広場でピクニックやスポーツを楽しんだり、犬の散歩をしたり、冬にはアイススケート、夏にはスケートボードをすることもできます。1万5000人を収容できる広場は、野外コンサートやデモ集会など大規模イベントの会場にもなってきました。4月30日の国王即位式の日には、パブリックビューイングや祝賀イベントも開催されました。

Museumplein 70s数々のイベントに時代色が出るのはもちろんのこと、ミュージアム広場の整備計画にも、オランダの世相が反映されます。最近では1999年に、アムステルダム市の自転車政策に沿った大規模な再整備が行われました。広場の中央を横切っていた車道が閉鎖され、駐車場が地下に移設されたほか、新たな自転車道路が整備されました。環境保全に積極的なアムステルダム市民の想いが、ミュージアム広場を広大な芝生に変えたのです。【写真:かつては広場中央に車道があったPhoto credit: Gemeente Amsterdam】

三つの主要美術館が約10年ぶりに顔を揃え、2013年のミュージアム広場は賑わいを見せています。青々とした芝生、安全な自転車道路、統一感のある街灯やベンチ、遊具にパブリックアートと、隅々まで整備の行き届いたミュージアム広場ですが、今後もさらに改修工事は続いていきます。時代や環境に合わせて進化するミュージアム広場。アムステルダムにいらした際は、その表情豊かな広場をぜひ散策してみてください。(終)

市民で賑わうミュージアム広場

市民で賑わうミュージアム広場 Photo: Sven-Ingvar Andersson, Luigi Latini

 

>>目次 に戻る(『ミュージアム広場2013~アムステルダム記念年を飾る美術館のリニューアルオープン』- 2013年11月執筆)

episode 1 王冠をかぶらないオランダの王様

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オランダでの王位継承では、「戴冠式」ではなくて「即位式」が行われます。新君主の誕生というと、ルーヴル美術館の『皇帝ナポレオン1世の戴冠式』や、パリのパンテオンの『ジャンヌ・ダルク(シャルル7世の戴冠式)』に描かれているように「王冠を頭上に載せる」イメージがありますが、オランダの君主が王冠をかぶることはありません。

オランダの即位式では、王冠、王笏(君主が持つ象徴的な杖)、王家のりんごは、クリーデンステーブル(祭器卓)の上に憲法典とともに置かれます。他の国で行われている宗教的な戴冠式とは異なり、聖職者が関与しない世俗的な即位式であることを意味しています。オランダ王室はオランダ改革派に属していますが、教会と国家は分離されているのです。

歴代の即位式が行われてきた新教会も、プロテスタントらしい質素なインテリアです。現在は美術館となっているため祭壇もありません。新君主は「全能の神」に誓いを立てますが、国会議員のうち宗教的意義を認めない者は「人間同士の約束」として新国王への忠誠を誓うことが許されています。1840年にヴィレム2世のために作られた王冠も、銀に金メッキという質素なもの。こうした親しみやすさが、オランダ王室人気の理由のひとつかもしれません。

4月30日、アムステルダム王宮「モーゼの間」でベアトリクス女王が退位した後、新教会でウィレム=アレクサンダー新国王が宣誓を行いました。33年の務めを終えて安堵の表情を浮かべるベアトリクス王女、君主としての決意を胸に優しくも凛々しいウィレム=アレクサンダー国王、そしてその親子を見守る大らかなマキシマ皇女の表情に心が温まります。

Royal family

国民の祝福に応えるベアトリクス王女、ウィレム=アレキサンダー国王、マキシマ女王 Photo credit: Meet Mr. Holland

Signiture

ベアトリクス女王の退位宣誓書にサインするウィレム=アレクサンダー皇太子 Photo credit: Jerry Lampen, Pool, AFP

SignitureII

アムステルダム王宮の「モーゼ」の間に展示された退位宣誓書 Photo credit: Michel Porro, Pool

Mother and son

互いを祝福する親子 Photo credit: Bart Maat, AFP

Souvenir shop

即位式を前に土産物店では祝賀グッズも販売された Photo credit: Cris Toala Olivares, Reuters

※冒頭の写真:Photo credit: Robin Utrecht, Pool, AFP

 

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episode 2 国民に愛されるオランダ王室

Royal family on the boat

即位式後の水上パレードの途中、野外で開催されていた祝賀音楽イベントに、ロイヤルファミリーがサプライズで登場しました。オランダが誇る世界的DJのアーミン・ヴァン・ビューレンと、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の異色のコラボレーションで、ステージには爆音トランスが響いています。セキュリティーの都合上、イベント訪問は計画には入っていなかったものの、アーミンや管弦楽団に挨拶がしたいという新国王の意向で決行されました。

新国王とマキシマ王妃、そして三人の王女がステージに登場すると、観客によって埋め尽くされた会場は歓喜の渦に包まれました。驚くべきことに、ロイヤルファミリーがステージに登場しても、爆音のミュージックは流れたまま。テクノミュージックとクラシックが融合し、さらにはロイヤルファミリーが登場して人々が熱狂するという、何ともオランダらしい光景です。

新国王とマキシマ王妃はアーミンのファンだそうで、その「世俗的」な音楽の趣味も国民から支持を得ました。「世俗的」で「堅実」なオランダ王室は、国民から愛され続けてきたベラルな王室です。ベアトリクス前女王は自転車で外出する姿がたびたび紹介され、最近の世論調査でも、約8割の国民が王室存続を支持しています。新国王の誕生で、王室人気もより高まりそうです。

Armin van Buuren

アーミンのライブパフォーマンス会場に登場したロイヤルファミリー Nederlandse Omroep Stichting (NOS)

ライブの動画(外部リンク)Armin van Buuren – INTENSE party with new Dutch King Willem Alexander & Queen Maxima

※冒頭の写真:Photo credit: Mail Online

 

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photo gallery アムステルダム国立美術館

Rijksmuseum 2013

修復工事を終えたアムステルダム国立美術館 Photo credit: Iwan Baan. Image courtesy of Rijksmuseum

Great Hall

ステンドグラスの光が美しい「大広間」Photo credit: Jannes Linders. Image courtesy of Rijksmuseum

Gallery of Honour

17世紀オランダ絵画が圧巻の「栄誉の間」 Photo credit: Iwan Baan. Image Courtesy of Rijksmuseum

The Night Watch Gallery

混雑時にも多くの人が鑑賞できるよう『夜警』はかつてより10㎝高い62㎝に設置された。Photo credit: Iwan Baan. Image courtesy of Rijksmuseum

Cuypers Library

本館東ウィングのカイパース・ライブラリーも壮観 Photo credit: Iwan Baan. Image Courtesy of Rijksmuseum

17c room

17世紀の展示室。リニューアル後は絵画とともに彫刻や調度品が展示されている。Photo credit: Iwan Baan. Image courtesy of Rijksmuseum

modernism corner

近代コーナーにはモダニズム時代のデ・スタイル派や現代アーティストの作品を展示。20世紀の展示室では1917年製の飛行機が歴史背景を物語る。 Photo credit: Iwan Baan. Image Courtesy of Rijksmuseum

Asian Pavilion

今回の工事で増設されたアジア・パヴィリオン。建物周辺には水庭がある。Photo credit: Erik Smits

Japanese statues

レーウ前館長が日本の正倉院で買い付けた『金剛力士像』Photo credit: Erik Smits

Passage

「自転車論争」の起きた中央通路。通路側面はガラス張りになり四箇所にエントランスが設置された。Photo credit: Pedro Pegenaute. Image courtesy of Rijksmuseum

Entrance hall I

自然光が降りそそぐ吹き抜けのアトリウム Photo credit: Pedro Pegenaute. Image courtesy of Rijksmuseum

shop and cafe

アトリウムのカフェやミュージアムショップは入館料なしで利用可能

REFERENCE LINKS

アムステルダム国立美術館

建築家クルス・アンド・オルティス(Cruz y Ortiz)

『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』ウケ・ホーンダイク 監督(2008年)DVD

 

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